唐代中国東部の茶都
湖の南岸にあり「絹の府・魚米の郷・文化の邦」との美称をもつ。茶文化発祥地の一つであり、晋時代には貢茶の「温山御舛」が生産されていた地域。かつては「唐代中国東部の茶都」といわれ、現代においても湖州市の茶文化は、商業的要素より文化的側面が強い。唐時代の陸羽(733年804年頃)は、この地で『茶経』三巻を書き上げている。『茶経』は、茶の性質・品質・産地・栽培・採取・加工・飲み方・器具などを論じる世界初の茶の専門書。この普及によって茶の知識は広まり、飲茶の風習は急速に広がっていった。茶葉の生産技術も発展し、唐時代の湖州市は名茶の黄金時代になっていく。唐王朝は顧渚山に貢茶院を設置し、「紫笋茶」が毎年1万8400斤献上されていた。唐時代の知識層や官僚が大切にして
いた文化的価値観は、この時代の幸運といえるだろう。陸羽のような文化人