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白居易が愛した草堂

白居易が愛した草堂 掲載写真
白居易が愛した草堂

れ、当時44歳だった左拾遺の白居易は、皇帝に凶手を厳しく追及するよう上表した。これが「越職言事」と見なされ、唐の第14代皇帝である憲宗が奸臣の中傷を信じ、白居易は江州(現在の江西省九江市)の司馬に左遷されることになり、すぐに長安(現在の西安)を離れるよう命じられる。白居易は憤りと不満を抱えながら、長安から漢水を下って、襄陽を経て長江に入り、苦労しながら江州に辿り着いた。翌年、白居易は心労を和らげるため、

西南麓から廬山を登って気晴らしの散策を始めるが、「渓の流れでは石と遊び、花を眺めながら寺に行く。時々鳥の鳴き声に耳を傾け、所々で泉の音が響いてくる」の一節で知られる北香炉峰を訪れた時、その絶景に心奪われ、全ての憂いが消え去った。そうして白居易は、香炉峰の麓にある遺愛寺のそばに、自身が設計した「草堂」を建てることにする。

白居易が愛した草堂 写真 1
誌面実写記録(P.3645
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