天尊廟・天妃宮

琉球國の正史である『中山世艦』によると、明の洪武帝が閩人三十六姓を派遣したと伝わるのは1392年のこと。閩人とは主に福建省の人をいい、那覇港の近くの久米村(クニンダ、現在の那覇市久米一帯)に住んだことから久米三十六姓ともいわれています。彼らによって明の最先端の知識や文化・風習がもたらされましたが、媽祖信仰もそのひとつ。
琉球での媽祖信仰は、航海で船に祀られていた媽祖像の安置所として媽祖廟(天妃宮)が建てられたのがはじまり。久米村には、上天妃宮と下天妃宮がありましたが、両宮とも戦災で焼失。現在の天妃宮は1975年に建てられたお堂内に、天尊廟・関帝廟・龍王殿とともに祀られています。天妃宮には「天上聖母」、天尊廟には道教で最高の雷神とされる「九天応元雷声晋化天尊」を祭祀。いずれも、久米三十六姓の末裔で組織される久米崇聖会によって、守り伝えられています。
