誌面グラビア&特集記事
第35号に掲載された現地実写写真と特集記事の抜粋プレビュー
p.002–005母なる海に包まれて
母なる海という言葉は、いつの時代から使われていたのだろう。
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p.006–023和平の女神へ
天妃、天后、娘媽、菩薩、そして媽祖。多くの呼び名で祀られている、海の女神がいる。この海の女神には、生前どのような人だったのかという伝承があるのだ…
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p.026–026天尊廟・天妃宮
琉球國の正史である『中山世艦』によると、明の洪武帝が閩人三十六姓を派遣したと伝わるのは1392年のこと。閩人とは主に福建省の人をいい、那覇港の近…
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p.028–028崇元寺公園 三重グスク
ENKAKUJIATO 沖縄県那覇市首里当蔵町2 OMONOGUSUKUATO 沖縄県那覇市垣花町 BENNZAITENDOU 沖縄県那覇市首里…
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p.031–037久米村発祥地 唐の船御嶽 港川遺跡公園
那覇市に残された上天妃宮跡地の名は天妃であるが、媽祖が天妃といわれたのは明代までで、清代の康熙二十三年(1684年)以降は格が上がり、天后として…
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p.041–043熊襲の穴
熊襲の穴は、霧島市隼人町の妙見温泉に程近い山中にあります。「熊襲」とは、宮崎から鹿児島にかけての地域に住んでいた先人たちのこと。この地域には、熊…
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p.046–046聖寿山崇福寺
崇そうふくじ福寺は ( 寛永 ) 年に長崎に在留していた福州の人たちの願いにより、故郷福州の僧超然を招いて建てられた黄おうばくしゅう檗宗の寺院。…
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p.047–047分紫山福済寺
崇福寺は1629(寛永6)年に長崎に在留していた福州の人たちの願いにより、故郷福州の僧超然を招いて建てられた黄檗宗の寺院。媽祖堂の建立からはじま…
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p.058–058磯原天妃山弟橘媛神社
徳とくがわ川光みつくに圀公によって分祀された天妃尊像 ( 媽祖像 ) の一つは、磯原の地に祀られました。大北川河口近くにある、海にせり出た小高い…
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p.059–059大洗天妃山弟橘比賣神社
徳川光圀公によって分祀された天妃尊像(媽祖像)の一つは、磯原の地に祀られました。大北川河口近くにある、海にせり出た小高い山です。この山は、かつて…
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p.066–069大間稲荷神社
本州最北端の地、大間にある大間稲荷神社は、港に近い小高い山に鎮座。鳥居付近から海の向こうに函館も遠望できるところです。もとは1730(享保15)…
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p.071–073横濱媽祖廟
横濱媽祖廟の正式名称は「横浜大天后宮」。横浜中華街の中、明治時代に置かれた清国領事館跡地に隣接する土地に創建されました。横浜は、1858年に日米…
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p.074–082担い手の継承
その地域に残された文化を知る為には、かつてその地域にいた人たちが、何を心の支えに生きていたのかを知る必要がある。文化というのは、その地域の生活の…
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p.083–085カフェテラスで漢詩を
昔から洞庭湖の広大なようすは、良く知られているが、今や岳陽の楼に上って、その湖水をながめている。東の
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p.086–091茶旅するーアジア旅する
ベートンといってもタイ人でも知らない人の方
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p.092–099音楽と詩に帰す
久々に祖母を訪ねるため、家族で香港に行ったの
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p.100–113中国広東省の春節行事
旧暦の正月である春節を盛大に祝う中国。その中でも広東省沿海部に位置する潮汕地区は、春節を祝う伝統的な習慣や行事がバラエティーに富んでおり、しかも…
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p.114–117蒲津渡ー黄河の浮橋の謎
山西省の南西に位置し、黄河に面する蒲津関は古代から重要な軍事拠点であった。それは山西と陝西の間に横たわる黄河を渡河することの出来る数少ない地点の…
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p.118–119詩経の世界へいざ、now
青々とした君のえりたとえ私がそちらに行かないにしても青々とした君の下げていた玉の飾りたとえ私が其方に行かないにしても気ままに楽しく過ごしていたの…
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p.126–129思澤四海
彼女は幼い頃から体が弱かったため、医女性がいたことを、我々男性は知らねばな
記事プレビューを読む本誌 全目次・収録記事一覧
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