野間神社
鹿児島県南西部、野間半島の野間岳に鎮座する野間神社は、もとは山頂に野間権現として祀られていた古社です。現在の地には1830(文政13)年に遷座され、瓊瓊杵尊・木花開耶姫・火闌降命・彦火々出見尊・火明命の五柱を祭祀。かつては東宮と西宮の二つの社があり、西宮には娘媽権現とよばれる媽祖像が祀られていたと伝承。1843(天保14)年に著された『加世田再撰帳』には、西宮には娘媽神女・千里眼・順風耳が祀られていると記されています。娘媽神女がいつごろから祀られていたかは定かではありませんが、明治の神仏分離令の際に、片浦の船主であった林家に引き渡されたという娘媽神像の台座には「寛政7年に菩薩を寺社方が新調した」という旨の墨書が記載。「菩薩」とあるのは媽祖のことで、野間半島周辺では娘媽神といわれています。
野間神社が鎮座する野間岳は、野間半島の中央部からそそり立ち、海をわたってくる船の目印になっていた山です。野間岳の山麓にある片浦は水深が深く、天然の良港であった港。古来より交易の港として発展し、江戸時代には番所も置かれていました。『笠沙町郷土誌』によると、江戸時代の笠沙町域で娘媽神像が祀られていたのは、野間権現のほか、野間岳山腹の本地堂、別当寺の愛染院、そして林家とのこと。現在は野間神社に娘媽神は祀られていませんが、海上守護の社として、いまなお船乗りや漁業関係者より厚く信仰されています。