紀行

蒲津渡ー黄河の浮橋の謎

蒲津渡ー黄河の浮橋の謎 掲載写真
蒲津渡ー黄河の浮橋の謎

山西省の南西に位置し、黄河に面する蒲津関は古代から重要な軍事拠点であった。それは山西と陝西の間に横たわる黄河を渡河することの出来る数少ない地点の一つである蒲津渡を守る役目を担っており、幾度か名前は変わってもその重要性に些かの変化もなかった。蒲州古城(永済市蒲津鎮)の遺跡はほとんど残っていないのだが、20世紀末になって渡河地点だった処に飛んでもない物が発見されたのである。黄河に架かっていた浮橋(黄河ポーツン橋)を固定するために使われていた巨大な鉄人、鉄牛、鉄柱が姿を現したのだ。

ら簡単に行くことが出来る。先ず目に入るのは蒲州の廃墟であるが、これは唐時代の河中節度府で当時の城壁、鼓樓、東門など16世紀に修復されたものが残っており、この城市の規模をある程度推測することが可能である。古城の西側に位置する蒲津渡で、1989年、鉄製の人や牛の像が発見された。これらの鉄牛(高さ17・メートル、重さ約40トン)、鉄人、鉄柱は黄河を渡るために船を並べて造った長い浮橋を鉄製の鎖で水上に固定するのに使われたものである。この蒲津渡は春秋時代(紀元前770〜476)にまで遡る歴史があり、その頃は渡し船が両岸を行き来していたのであろう。私が2002年に現地を訪れた時は、快速艇は走っていたが浮橋はとうの昔に姿を消していた。日本僧円仁は長安を目指す旅の途上

蒲津渡ー黄河の浮橋の謎 写真 1
誌面実写記録(P.114117

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