孝義市の古刹に至る唐代の道

唐の時代、幹線道路の建設は王朝の軍事、交易はもとより交通、通信上の偉大な事業であったと言えよう。現存する中国の道はほとんどが8世紀から9世紀に造られたものである。九世紀に書かれた日本僧円仁の日記の長安への道を辿ることによって私は数多くの史跡を発見することが出来た。
思われる省道223に沿って行くと賑やかな孝義市に至り、道は真直ぐ孝義古城の中心に向っている。私が2012年に初めて訪れた時、街道を跨いだ楼閣式の中央門楼を潜って行くと古い店舗や家屋の心地よい雰囲気に浸ることが出来た。驚くべきは、この城市の起源は紀元前594年にまで遡り、現在の名称も唐時代から続いているものでおり、この地の産物、特に石炭と鉄鉱石は、今日一層、その重要性を増している。そのため城外の旧街道は鉱物を運搬する大型トラックで常に渋滞状態にある。私は現地調査をしている間に、この片田舎の

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