福州市とは?

福建の省都である福州建城の歴史は、漢の高祖年(紀元前202年)に始まります。越王・勾践の子孫である騶無諸が、劉邦によって閩越王に封じられ、福州の屏山の南東麓にある冶山一帯に都を築き、「冶城」と名付けました。古来より、外国との交流が盛んな港町として栄えた福州出身の華僑は、全世界に数多く存在し、現在の福建全体と福州の経済発展を支えています。明の時代には福州に市舶提挙司が移籍され、市内には柔遠駅(琉球館)が設けられました。現在では当時の琉球貿易の歴史と交流を伝える歴史館として使用されています。市内には、空海と円珍が滞在したことでも有名な福州開元寺や、唐代の町並みが残る歴史地区、三坊七巷があります。夜にはビルや橋のライトアップが幻想的な夜景を作り出し、閩江ナイトクルーズなどの、現代的な福州の一面を楽しむことができます。また、市内には天然温泉を楽しめる場所が多く、旅の疲れを癒すこともできます。福州料理は海の幸と山の幸の自然な風味を活かした味付けが特徴です。最高級料理「仏跳牆」は、フカヒレやアワビなど数十種類の食材を数日間かけて調理する福建料理の伝統高級スープ。150年以上の歴史を持つ老舗「、聚春園」が本家として知られています。伝統工芸品としては、福建省は地理的に漆がよく採れるため、福州でも古くから漆を使った芸術が有名です。福建省美術館や、三坊七巷にある福州漆芸博物館では漆画が展示されています。
海洋民族の南島語族といっても、海から陸に上がった生物がそのまま人の形になったわけではない。途方もない年月をかけ、その生活環境で生きるための順応を繰り返しながら、人という種の中に現生人類に繋がる祖先が生まれ、その祖先の血族が地球上に広がることで、現代の世界は形作られた。長い年月をかけて世界中に広がった祖先の中には、広大な海を越えて旅をした、海洋民族といわれる先人がいる。近代まで、このように海と共に暮らす人たちの中には、「船に女性は乗せない」という文化を持つ人たちもいたようだが、何故女性を船に乗せなかったのだろう。この疑問の答えも、福州で発見される遺跡の中から見つかるのかもしれない。かつての中国と、「朝貢」と「冊封」の関係によって交流を続けた琉球(現在の沖縄)の、大陸の入り口が福州にある。飛行機での移動が確立した現代ではわかりにくいかもしれないが、琉球の人たちが
