冶金の都と温泉の関係
『日本書紀』「神代四代」の社会は、古代中国の「上古八代姓」のような「母系制」と同様だったのではないか。そしてこの母系制社会を形成するのが、南島語族の特徴の一つなのではないか。福州の「曇石山遺跡」では、ある富豪の墓の区画で手足を縛られた犬の遺骨が発見されている。日本の千葉にある「加曽利貝塚」では、紀元前2910〜2650年頃の犬骨が人と同様に埋葬されているのが発見された。加曽利貝塚で犬と共に埋葬された人も、曇石山遺跡同様に富豪だったのだろう。古代において富を得る方法は大きく二つあり、一つは争いなどの武力によって略奪する方法。そしてもう一つは、価値あるもの同士を交換しながら付加価値を高め、利益を上げていく方法だ。後者は後に交易となる。現代においても富を得るため戦争を繰り返す国と、交易を重視する国があることが、世界情勢から理解できるだろう。おそらく人と共に埋葬された犬には、人を富豪にできる能力があったはずだ。「花咲但の金を見つける犬」じゃあるまいし、と思われるかもしれないが、最初に犬と暮らし始めたというシュメール人にしても、黄金を見つけるために犬の能力を重視していた可能性がある。黄金を見つけるためには温泉地を探す必要があり、源泉を探すのに犬の嗅覚が有効だ。福州一帯は温泉に囲まれていて、尚且つこの地はかつて、冶城とまでいわれた冶金の要地。この温泉の地層は台湾から沖縄へと続き、九州南部に繋がっている。どうやら南島語族と犬には、ずっと昔から深い繋がりがあったようだ。日本の犬のほぼ全ての原種が、中国東南沿岸部から渡ってきたという研究成果を見せて頂いたことがあるが、その理由は曇石山遺跡で犬と共に埋葬された人が、富豪になった理由に繋がっているのかもしれない。多くの海洋民族の先人たちは争いなどの略奪ではなく、生活を豊かにする為の交易資源を求め、大海に出航したように感じている。