龍の衣と文化の起源

をもつ龍が施された「龍袍」をイメージする人は多いだろう。しかし、この「龍袍」を、皇帝はいつから着ていたのかと尋ねると、多くの人は見当もつかない。そもそも皇帝という称号は、秦王嬴政が皇帝を称するようになってからの号。それ以前のこの文化圏の統治者は、王を称していた。周にしても、商にしても、夏にしても、多くの国々を統治していたとされる国々はすべて、王のもとに為政がおこなわれていた。王の前には帝の時代があり、その前の時代は皇の時代だったといわれている。先述した、尊の上に立つ青銅人像が「人皇」の
姿だったとすると、三星堆遺跡から出土した最大の青銅人像(写真左)は、蜀王家の祖であるなのかもしれない。この像が手「高陽」の姿に何を持っていたのが何か、それは定かでないが足元のモチーフが象に似ていることから、象牙を持っていたのではないかといわれている。注目してほしいのは、その手の形ではなく衣の柄だ。この青銅人像の左側には、龍のような紋様が施されていて、指の数は四本。指の数が何を意味しているのかはわからないが、少なくとも三星堆遺跡から出土した、4800年から2600
