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古蜀國王の伝承

出る川の上流を探す」か「塩素を含む温泉地を探す」という二種類なのだが、ここにも温泉というワードが含まれている。銅が主成分の青銅は、いかに綺麗に金色を保ったとしても、温泉の硫黄成分に浸かれば黒くなる。しかし、純金は温泉に浸けても金色のままだ。ここに、金の仮面が生まれた理由があるのかもしれない。『山海経』の「湯谷の先にある扶桑國で十の太陽が入浴している」という記述は、砂金を探し出している姿なのではないか。古蜀國は記録に残されていない文化圏

とされるが、それでも長い中国の歴史の中で培われてきた記録の中には、この文化圏がどのようなところだったかを推測できる資料がある。『華陽国志』の記述で考えれば、記録に残る最初の王は「蚕叢」だが、蜀の始まりは「人皇」の時代であり、「高陽」の子孫が蜀の候や伯になったと記録されている。周が秩序を失った時に、蚕叢が始めて王を称したという記述があることから、

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