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音楽と詩に帰す

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音楽と詩に帰す

最初の日間は、各国の参加者の到着待ちで自由行動だったので、あちこち行ってみることにしました。前回紹介した高級ショッピングモールは、あまりにも洗練されすぎていて、隅々まで掃除も行き届いているし、母と気楽に感想を言い合うのも憚られてしまうほど閑静で、進化した姿に驚かされっぱなしでした。次なる目的地に向かうため郊外までくると、歩道の石畳は所々割れてて剥がれているし、あちこち埃っぽいし、往来も車の運転が荒っぽくてヒヤヒヤします。売店には放し飼いのコーギーがくつろいでいて、やっと懐かしい雰囲気に出会えたような気がします。子供の頃は夏休みになるたびに、母の親戚が住む上海に行ったものですが、水電路あたりの集合住宅でも同じように、窓の外に洗濯物が干されていたり、ラフな格好でのんびり歩いている人々がいたり、大きな声で話していました。だから安心してくだらないやりとりをしながらブラブラ歩いて行きました。私たちが向かったのは、母も何十年か前に来たという〝杜甫草堂〞です。杜甫が暮らした場所を記念した博物館公園で、入場料1000円ほどで入ってみると、緑が鬱蒼と茂り、いくつもの歌碑や、旧跡を目にすることができます。杜甫は言わずと知れた唐代の詩人で、759年から約年間、彼は安禄山の乱を逃れるために成都に住んだそうです。母がぜひ見ておきたいということで、杜甫が住んでいたという茅葺の家を探して、ひたすら園内を歩き続けていました。やがて古い家が見えてきて、目的地かと思ったら、そこはお茶屋さんでした。元々、杜甫が四川省に来た際、色々面倒を見てくれた女性・黄四娘の家だそうで、彼女の家の景色を、杜甫も詩に書き残しています。実際はもっと遠くに住んでいたそうですが、文化保存のためにすぐ近くに再建された建物だそうです。〝盖碗茶(〞蓋つきで取手なしの茶器)とお菓子のセット一人元(1000円くらい)で楽しめるとのこと、お茶種飲み放題と、おまんじゅうが個ついていたので、母とセット頼むと、お店のお姉さんがテーブルまで来ておすすめのお茶を淹れてくれました。四川特産の花茶の一種で、緑茶をベー碧潭飄雪スに、香料を使わず茉莉花で香りづけしたお茶のこと。花弁が雪のように漂うことからその名がついたそうです。特に1杯目のお花の香りは格別とのこと。細い針型の茶葉が垂直に立って、全て竹葉青が茶柱のようになるので、竹の葉の名前がついています。「節節高昇、蒸蒸日上(竹は成長が早く、季節ごとに高くなり、どんどん上っていく)」縁起のいいお茶だとされます。杜甫の家はそのすぐ隣にあり、お茶を楽しみながら茅葺き屋根を見ることができました。極めて質素なこの環境で200首以上が生み出されたということです。

色い粉末を茶碗にいれてお湯でとき始めました。これは、白茶を茶臼で引いたもので、茶筅で泡立てると、日目には他の参加者と大型バスに乗って、蒲江全部で回に分けてお湯を入れ、ちょうどお抹茶の県の山の上に行ってお茶畑を見学することになりまようになりました(色はベージュですが)。すると、今した。山の上は夏でも涼しく、日本にもお茶を輸出し度は緑茶を茶さじにつけて、絵を描き始めました。ラているので、日本のことを好きな人が多いようです。テアートのような仕上がりは優雅で見事なものです。また藍染めの体験もさせてもらえて、ここでも目の同行していた学生ボランティアの子に聞いてみると、前で淹れたてのお茶を飲むことができます。流石は残念ながら現代では廃れてしまっているようでした。お茶の産地、一捻り加えて、ミルクやレモンなどでアもったいなく思いますが、中国では、タピオカミルレンジした中国茶を紹介してくれました。また、茶藝クティーなどの新しいお茶もさらに進化して、いろの実演もあって、非常に口の長い急須を使って、雑技んなフレーバーティーが増えていて、私は特に楊梅のように背中側からお茶を入れたりしていました。(ヤマモモ)がお気に入りになり、そしてトッピング音楽ウィーク参加者の中に、アフリカはルワンダか〝爆爆珠〞に驚き(人工イクラのようなプチプチ食感ら中国にきた留学生がいて、彼が隠し芸としてこれで、中に小豆入りのものも)、滞在中は毎日いろんなを、中国人と一緒に披露していたのには驚きました。お茶を楽しんでいました。蒲江県の茶畑の合間にある広場に設えらえた特設ス最終日には、出演者や関係者の閉幕式パーティーテージで、この日は歌うことになりました。何年か前は、があり、各国の出演者たちや学生ボランティアと交中国では最新の設備だけ取り入れたものの、それを扱流を深められたので、今回はさらに自分の世界を広えるエンジニアがいない、という話を聞いていました。しげたと思えたイベントでもあります。の投影データも、自分の端末からエアかし、背景ドロップでやりとりして速やかに準備できました。山間に太陽が沈んでいくと、バンド演奏、現地の小学校のお友達のダンスに、ルワンダの留学生が中国の懐メロを披露、私はオリジナル曲のダンスと歌で交流しました。ちなみに、別の日に都江堰という、000年以上前に作られたダムのある場所に行ったところ、治水を願うお寺があり、ここではまた別の茶藝を見ることができました。宋代のお作法ということで、茶藝師が茶

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誌面実写記録(P.7883
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