
中華の「中」の地
河南省、文化の発祥地へ
現在の中国は広大であり、国土の中心は河南省よりも西だろう とはいえ中華の中心といえば、この文化の発祥地である河南省 王がいたからこそ、河南省には中華文化が発祥した 中華文化とは何なのか、そして中国とは、どんな国なのだろう 始まりの知識を得るために、河南省各地をまわって旅を進める 生物は全て、それぞれが存在する場所で生まれ、成長していく 奪うことから始まったのなら、命が増え続けるのは難しかった 聞けば当たり前に感じることでも、現地をまわり生まれた答え 中華文化はその中心地から、最上級の徳によって発祥している
誌面グラビア&特集記事
第38号に掲載された現地実写写真と特集記事の抜粋プレビュー
p.002–007中華の「中」はどこにある?
中華文化と聞くと、「中華思想」や「華夷思想」といった思想的イメージや、異なる文化を卑下するプライド高い文化のように感じる人もいるようだが、実はそ…
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p.008–013中華文化の発祥地、河南省
中華文化の始まりといわれる、夏王朝の禹の元に集った人たちは各地に散り、そこはやがて、九つの「州」になり「九州」といわれるようになるのだが、「州」…
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p.014–015洛陽市
北魏の時代、孝文帝により首都が平城(現在の大同)から洛陽に遷都され、この時(494年)から龍門石窟の造営が始まっている。この造営は唐王朝末期まで…
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p.016–019洛陽市とは?
河南省の西部に位置する洛陽市は、中国八大古都のひとつで、4000年以上の歴史を誇る文化的な都市です。洛陽は「十三朝古都」と呼ばれ、中国最初の王朝…
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p.020–025五胡十六国と古都洛陽
学派は、『史記』の中で司馬遷が「諸子百家」として紹介している。後漢の時代、すでに中国に仏教は伝わっているはずだが、諸子百家の中に仏教に関わる人は…
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p.026–027許昌市
曹操の子である曹丕が、後漢献帝の「禅譲」を受け皇帝に即位し首都に定めたのは洛陽だが、三国時代の魏の曹操の本拠地といえばやはり「、許昌(許都)」だ…
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p.028–029許昌市とは?
河南省の中部に位置する許昌市は、中国の中央平原に広がる都市で、古代から交通と文化の中心地として栄えてきました。三国時代とゆかりが深いこの地には、…
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p.030–033関羽伝説が始まる許昌
陵橋の故事を語らないわけにはいかない。そして、歴史的史実である「二十四史」の『三國志』と、羅漢中により創作物語が編纂された『三国志演義』の違いに…
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p.034–035開封市
宋王朝の首都として名高い開封は、宋の時代に「東京開封府」と呼ばれていた。日本の現在の首都は東京だが、約千年ほど前の河南省に、その名の都が初めて登…
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p.036–039開封市とは?
河南省東部に位置する開封市は、中国八大古都のひとつであり、北宋時代には「東京開封府」という名の首都として、中国文化を育んだ歴史的な都市です。その…
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p.040–045五代十国と東京開封府
戦争が終わったとはいえ、民衆の苦しみがすぐに救われることはない。生きるためには食糧がいるし、生活を維持するための資金もいる。もちろん、寝る場所も…
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p.046–047鄭州市
一つの武術の発祥地として名高い、嵩山少林寺。それは河南省の省都である、鄭州市の中の登封市にある。登封の名は、中国唯一の女帝である武則天が亡くなる…
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p.048–049鄭州市とは?
河南省の省都である鄭州は、中国八大古都のひとつで、現在は中国第位に位置する大都市です。黄河近郊に位置する鄭州は東西南北を結ぶ交通の要衝で、「中国…
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p.050–053中華の中心と中岳嵩山
る「達磨」が有名だが、少林寺は達磨のために創建された寺ではない。少林寺の名は嵩山奥深くにある、少室山北麓の五乳峰の林の中に作られたことに由来して…
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p.054–066両国天子の祖
『隋書』「倭國伝」によれば、「日出處天子致書、日沒處天子無恙云云」と、隋の煬帝に宛てた手紙にしたためたとされる聖徳太子(伯戸豐聰耳皇子)は、日本…
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p.067–069カフェテラスで漢詩を
梅は咲いたが、雪が降らなければ、どうも気分爽快とはいかない。また、雪があっても、詩ができなければ、いかにも俗気に満ちている。夕方になって、詩がよ…
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p.070–077茶旅するー台湾の中の泰緬を訪ねる
ホーンの話を聞くために信者が大勢集まっていた。この眷村はミャンマーから移住した人を多く受け入れたと書いたが、その殆どは雲南ルーツの華人であり、そ…
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p.078–083音楽と詩に帰す
最初の日間は、各国の参加者の到着待ちで自由行動だったので、あちこち行ってみることにしました。前回紹介した高級ショッピングモールは、あまりにも洗練…
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p.084–097古い街並みで味わう北京グルメ
故宮から2キロほど東の「禄米倉胡同」という路地にある。禄米倉という名は、明代に米を貯蔵していた倉が由来。明から清の時代にかけて、この界隈には朝廷…
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p.098–109貴州省奇境の旅
どどどこここかかか懐懐懐懐懐かかかしししさささををを感感感じじじるるる人人人々々々ととと風風風風景景景景景景景ののの出出出会会会会会会いいい
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p.110–119女子中国3人旅
私の目標はとてもシンプル。このメンバーで本場の中国に触れて地元のグルメを楽しみ、ローカル市場を体験して、文化に深く触れること。その目標のもと、旅…
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p.120–125エントゥサレ
これまでにも紹介した通り、私の地元である北海道平取町は、古くから大きなコタン(集落)を作れるほど、食料が豊富で、地盤が安定し、交易にも適した場所…
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p.126–129詩経の世界へいざ、now
《唐風・揚之水》は、晋の昭公を風刺した詩とされている。昭公は国を分割して、叔父の恒(恒叔とも呼ばれる)に曲沃という地の支配権を与えた。のち、曲沃…
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