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エントゥサレ

エントゥサレ 掲載写真
エントゥサレ

これまでにも紹介した通り、私の地元である北海道平取町は、古くから大きなコタン(集落)を作れるほど、食料が豊富で、地盤が安定し、交易にも適した場所として栄えてきました。そのため平取町には多くの伝承地が今も語り継がれ、大切にされています。アイヌの伝承の中で有名な、オキクミの伝説があります。オキクミとは神とも人ともみられる、主人公的存在です。地域によって伝承に差はありますが、オキクミは人間としてのアイヌに、生活の知恵や技術、狩猟や漁労、作物の育て方を伝え、自然との生き方を説き、アイヌとカムイの橋渡しをする存在として描かれています。また、信仰体系や善悪の概念を伝えたものとしても、多くの口承文芸において語り継がれています。平取町はそんなオキクミが降り立った地としても有名です。現在の義経神社があるあたりは、オキクミの伝承が残されたアイヌにとって、聖地的な場所なのですが、そこに1798年に創建されたのが義経神社です。また、オプヌプリと呼ばれる山は、オキクミが東から攻めてきたものを怖気付かせるため、山にヨモギで作った矢を射り、穴を開けたといわれています。年に一回夏至の日だけ、太陽がすっぽりと穴にはまるため、地元の人や外から来たお客さんが山を見に集まります。また、沙流川を川上に道路を走っていくと、二風谷の集落の入り口あたりに、ノヤイモと呼ばれる大きな人型の像がありますが、それは義経神社から沙流川を挟んだ反対側の崖に、「アイヌ(人々)が私の去った

後も良く暮らしていけるように」と、オキクミが帰る際に、おいていった人形を大きくしたものです。他にもたくさんの伝承が受け継がれる平取町で育った私は、このような物語や言い伝えが当たり前に存在している環境で育ち、とても恵まれているのだと思います。オキクミから教わった人間としての生き方を尊重してきた私たちの先祖は、世の中にある人間の意味のあるもの全てをカムイとして大切に尊重しながら生きてきました。しかし、沙流川流域のアイヌが、身近な存在であり主食と言っても過言ではない食材であるにもかかわらず、カムイとして扱わずに関係を築いてきたのが鮭と鹿です。それは、イソサンケカムイという獲物を授けるカムイを介して、鮭と鹿は人間と関わってきたと考えられているからです。カムイではないと言っても、きちんと命をもらい、余すことなくいただきます。鹿は食べるだけじゃなく、膀胱はクヨイピセという水袋を作って油や水を持ち運ぶのに使い、筋はスンチという冬でも凍らない丈夫な糸を作るのに使います。毛皮も保温性や強度があるため、靴やマントのようにも使われました。角や骨も同じく生活用具作りには欠かせないものでした。また、肉はすぐに煮るなどの調理をして食べますが、干して保存もし、脂肪からとった油は保存し料理に使いました。今回は、そんな沙流川流域の重要な食材、鹿肉を使った料理を紹介します。今の季節のような寒い時期の方が身に臭みがなく、脂がのっていてとても美味しいです。

エントゥサレ 写真 1
誌面実写記録(P.120125

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