茶旅するータイ北部 国民党村と茶

と出会い、茶種や製茶機械を持ち込んで、現地向けに茶業指導をした。その後現在もある101茶園の娘と結婚して、そこで茶業を展開し、メーサロン茶業の発展に大いに貢献した。今でも日本人がメーサロンへ行くと必ず立ち寄るのが、この茶園だ。現在は101から離れ、独自の茶工場を持ち、この地に住み続けていた。次回は1980年代の茶業について、もう少し詳しく聞き取りしたい。その蘆氏に「メーサロンで最初に烏龍茶作りを始めたのは誰か?」と直球で質問すると「何人かが同
時期に始めた」といい、その内の一人として芙蓉宮(ワンプッタン)の伍国栄氏の名が挙がった。伍氏には年前に会っていたが、如何にも寡黙な茶農家という感じの方で、あまり話が聞き出せなかったのを思い出す。今回はそこへ宿泊して再度話を聞こうと思ったが、残念ながら不在だった。現在は彼の息子ナコーン(伍昌隆)が茶業を継承しており、話を聞いてみると「幼い頃はとにかく貧しかった。茶業は始まっていたが、1990年代は食べるのに困っていた」と当時を回想した。ただ彼

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