エントゥサレ

これまでも何度か考えてきたように、「アイヌ料理」「和食」「イタリアン」といったカテゴライズは、一体何を基準に成り立っているのでしょうか。たとえば、肉食が禁止された時代のあった日本で生まれた肉料理は和食に分類されるのか。ナポリタンやカレー、ラーメンは和食なのか。そうした問いに明確な答えを出すのは難しいかもしれません。私たちが受け継いできたアイヌ料理の中にも、比較的近代になってアイヌの地に持ち込まれ、やがてその土地の風土や民族性、得意な調理法と結びついて、伝統料理の一部となった食材が数多く存在します。北海道といえば、ジャガイモ、トウモロコシ、玉ねぎなど、農作物の豊かさが広く知られています。それらが北海道に根付くまでの過程には、アイヌ文化の影響が間違いなくあったはずです。トウモロコシが本格的に北海道へもたらされたのは明治以降。北海道開拓使による農業の導入とともに広まったといわれています。アイヌは狩猟民族として語られることが多いですが、実際には交易の民であり、さらに小規模ですがヒエやアワ、根菜類を栽培する文化も持ち合わせていました。そのため、トウモロコシが伝わった後には、それを活かした伝統料理が数多く生まれました。アイヌ語でトウモロコシは「キミ」といい、これは日本語の「キビ」からの借用語とされています。トウモロコシは乾燥させて保存食として使われるほか、米粉と混ぜてお粥のように炊いたり、豆と混ぜて食べたり、干したものをポップコーンのようにして楽しんだりと、さまざまな調理法で親しまれました。また、トノト(お酒)をつくる際にも、アワやヒエと
ともに用いられたともいいます。そして今回の写真は、2013年から毎年何らかの形で関わりを持っている、ポリネシアの先住民族・マオリの大切な人たちとのものです。現代では、家族でスーパーに行き、さまざまな食材を並べた食卓を囲むのが当たり前の光景となっていますが、マオリの文化では今もなお、儀式や日常の中で伝統料理が提供される機会が多くあります。マオリはアイヌと同じく船の民族。アイヌが交易によって文化を築いてきたように、マオリもまた、ポリネシアの中で「最も遠い島まで航海した勇敢な民族」と自らを語る人もいるほど、海と深く結びついた歴史を持ちます。こうした人々の交流の中で、食文化は独自の形へと発展してきました。たとえば、世紀にアオテアロア(ニュージーランド)に持ち込まれたジャガイモは、マオリの経済にも大きな影響を与えました。その結果、マオリ独自の品種「Taewa(タイワ)」が生まれたり、世紀に伝わった小麦を使ったマオリのパンが、今では国民的な家庭料理の一つになったりと、異文化との関わりの中で新たな伝統が育まれています。日本では「〇〇料理」と明確に分類し、枠にはめる傾向が強いように感じます。それには良い面もあれば、制約となる側面もあるでしょう。けれど、本来の料理の価値とは、「それが何料理か」といった分類を超えて、「おいしいかどうか」「どんな思いで作られているのか」にあるのではないでしょうか。その背景や歴史に想いを馳せながら味わうことができれば、料理を楽しむ時間は、より豊かで深いものになるのかもしれません。
